本記事では1年前までデジタル回路設計エンジニアであった筆者の2年半を振り返りたいと思います。
筆者は新卒で半導体メーカーA社に入社して、デジタル回路設計エンジニアとして2年半働いていました。前職で働いていた記憶がだんだん消えてきたので、忘れないうちに記事にした次第です。
この記事が半導体メーカーに興味がある人の参考になれば幸いです。
入社理由
半導体メーカーA社に入社した主な理由としては以下の3つです。
- ロボコンサークルにいたとき、A社 の IC を使用していた
- 大学時代の研究室でFPGAを使ったデジタル回路設計をしていた
- A社のインターンに参加して好印象だったから
大学のサークルでA社の IC を使用したのがA社を知ったきっかけでした。サークルではA社のICをだいぶ使っていたので、ICの中身に興味が湧いていました。
また、大学の研究室では FPGA を使っていたのも理由の一つです。音響信号をリアルタイムに処理するために FPGA を使用しておりました。FPGAを使っていくうちに半導体企業のデジタル回路設計の仕方を学びたいと思うようになっていました。
くわえて、修士1年の夏に参加した2週間のインターンでは本格的な業務に携わることができて、指導していただいた方々にとても好印象を抱いたというのもあります。
内定
2週間のインターンの働きが評価され、面接一回で A社 から内定をいただきました。大学で学んだ音響処理を活かした職業に就きたいと考えていたのですが、その方面の企業3社に落ちてしまったので、悩んだ挙句、4月終わりに内定を承諾いたしました。
10月1日にリモートによる内定式がありました。偉い人の話が終わった後、配属を決めるための面談があり、そのときにデジタル回路設計を希望していることや大学のときに使っていたA社のICについて話した覚えがあります。
2月くらいに配属先が連絡されて、配属先が大学のときに使っていたICの開発部署に決まった時はかなり驚いた覚えがあります。
振り返り
A社に入社した2年半を振り返っていきます。
1年目
研修(4月~6月)
1年目のはじめに入社式がありました。コロナ渦であったため、同期と直接顔を合わせたのは入社式のときだけで、研修中に出社することはほとんどありませんでした(1回だけ技術研修のグループワークのときに出社しました)。
全体研修では、文系の方もいたので主に社会人マナーや半導体メーカーで知っておくべきことの講座を受けました。オンライン授業であったため、かなり眠かった記憶があります。
技術研修では、配属部署ごとに決まった講座を受けました。技術研修でもオンライン授業がほとんどでしたが、6月終わりにはグループワークがあり、評価ボードでタイマーを作る研修がありました。作るだけでなく、設計仕様書を作ってレビューしたりなど開発フローに則した研修でした。まあ、組み込みの開発フローなので、配属先の業務とは違いましたが…。
設計・実装(7月~8月)
7月からは低消費電力ICの開発業務に携わるようになりました。配属部署でも簡単な研修のようなものをやりつつ、モジュールの機能仕様書を作成して、HDL(デジタル回路を記述する言語)を書き換えました。
開発に携わって驚いたことはA社の社員が HDLをほとんど変更しないことです。おそらく2年半でHDLを変更した箇所は50行もいかないくらいだと思います。回路設計・実装は外注に任せて、外注に任せられない作業を自社で行うような感じでした。HDLをバリバリ書き換えるのかと思っていたので、ほとんどが仕様書の変更や検証業務であったためガッカリした覚えがあります。
単体検証・結合検証(9月~12月)
9月から12月はモジュールの単体検証や結合検証をしていました。
単体検証は対象のモジュールだけを使用した検証です。テストベンチを作って、モジュールにデータを入力し、モジュールから出力されるデータが期待値通りであるか確認します。
結合検証では他のモジュールも繋げて、対象のモジュールが期待通りに動くかシミュレーション上で確認します。流用製品から変更した箇所の検証方法について悩んだ記憶があります。
手伝いとテスト準備(1月~3月)
12月までで担当分のモジュール検証が終わったので、1月からは以下のような手伝いをしていました。
- フロントエンドツールの新バージョンの変更点調査
- 回路の不良箇所の特定
- 半導体マスク製造前のレビュー資料作成手伝い
つぎの開発製品に向けてフロントエンドツールの新しいバージョンの変更点を確認しました。半導体開発におけるフロントエンドとはHDL(デジタル回路)を作成する工程のことで、バックエンドとはモジュールの配置や配線を行う工程です。フロントエンドのツールは基本的にSynopsys社のツールを使用していました。
あとは他の担当者のモジュール検証でNGとなった項目の不良箇所特定をしていました。不良箇所をたどったらよくわからない複雑なモジュールにいきついて、不良箇所を見失うことがよくありました。
開発の終わりには IC の開発に関係する人全員を集めてレビューする場がありました。そのレビューに向けて資料の一部を作成しました。各モジュールの検証項目数、バグ数、バグの収束曲線をまとめた覚えがあります。
3月からはテスト業務に移行するので、準備としてテスト業務の勉強をしたりしていました。
2年目
テスト(4月~7月)
開発が終わったので、4月からはテスト・評価のフェーズに移りました。上司も変わり、部署内では主任技師と私の2人だけでテスト・評価を進めました。グループ会社の助っ人の方もいましたが、週一回の会議でしか話す機会がなかったです。
製品をテストするためのプログラムをこの期間に作りました。テスト仕様書を作成して、テストプログラムを作り、テスターでプログラムを実行して製品が問題なく動くことを確認します。
評価(8月~9月)
データシートに記載する性能評価を行いました。-40°や125°のときの性能値も測定して、期待通りのスペックで書けるか評価します。
レビュー準備(9月~10月)
量産開始前のレビューのために準備を行いました。
モジュール管理(11月~2月)
11月からは製品が変わって、高機能 IC の開発に移りました。このときに上司がまた変わり、チームの体制も変わりました。
高機能 IC の開発チームの中で筆者はモジュール管理者となりました。モジュール管理者の仕事としては高機能 IC で使用するモジュールを収集して、回路図ビュアーで回路全体を見れる環境を整えるという仕事でした。他部署からもモジュールを収集する必要があり、他部署との連絡係のような感じでした。また、海外にモジュールを送るときの輸出管理の対応などもしていました。
タイムラインではモジュール管理は11月から2月となっておりますが、それ以降もモジュールの更新があったりするので、他の業務と並行してモジュール管理を行いました。
リクルート活動(2月)
同じ大学出身の人を集めて、母校でリクルート活動を行いました。リーダーの人は大変そうでしたが、リーダー以外の人は大学生にプレゼンするだけなので、気は楽でした。
検証準備(2月~3月)
モジュール管理の作業が落ち着いてきたので、並行して検証準備も進めました。検証環境は他の担当者が作ってくださったので、自分は検証環境に問題がないことの確認や検証手順の資料をまとめたりしました。
この作業についてはかなり大変でした。正常な製品の動作プログラムを書くのも大変なのに、開発初期段階のバグだらけの製品を動作確認するのはきつかったです。開発初期のため、各モジュールの仕様書はなく、レジスタ設定について担当部署に確認する必要が何回かありました(仕様が決まっていないこともあった)。また、動作しない原因が自分のコードのせいか回路のバグのせいか検証環境のせいなのかすぐには判断できないのも大変でした。
3年目
検証仕様書作成(4月~5月)
3つのモジュールの検証担当になったので、その検証仕様書を作成していました。5月終わりには入社2年間の活動報告を偉い人にしなければならなかったため、活動報告資料の作成も並行して進めました。
活動報告終了後は入社して初めて部署内の飲み会がありました。コロナ禍が続いたため、ずっと飲み会はなかったのですが、新しい人の歓迎会も兼ねて部署の人達と飲みに行きました。そのときに初めて顔を見たひともいます。
結合検証(6月~10月)
3つのモジュールの検証を行いました。単体検証は担当部署で行っていたので、結合検証から始めました。普通は3つのモジュール検証で5か月もかからないですが、一部のモジュール開発が滞っていて、他のモジュールの検証も進められていませんでした。
3年目からは残業が増え、ストレスも溜まっていき、7月下旬に転職活動を始めました。本当は4月くらいで転職エージョントに相談もしたのですが、転職を踏み切れずにいました。ただ、さすがに限界を感じて7月下旬にエントリーシートを10社くらいに送りました。
書類でかなり落とされるかもと思っていましたが、書類は7, 8割通りました。これは A社 のブランド力のおかげかな?最終的には3社に内々定をいただきました。
引継ぎ(11月)
10月上旬あたりに課長さんに転職することを伝えて、11月から引継ぎ作業を始めました。有休消化をしたかったのですが、それを上司に伝えづらくて有給は5日ほどしか取らなかったです。次に引き継ぐ人の負担を減らしたかったというのもあります。
11月については他部署の同期やお世話になった上司、若手の先輩たちと飲みに行ってお別れしました。
以上、デジタル回路設計エンジニアであった筆者の2年半の振り返りでした。
その他
お給料
お給料は相当良かったです。コロナ禍に入社したため、半導体不足により会社の利益が上がったのが理由の一つだと思います。
入社1年目では月給の手取りが20万くらいで、1000万円貯めるのに10年くらいかかると思っていました。夏のボーナスも10万円くらいであったため、冬のボーナスも同じくらいかなと思っていましたが、冬のボーナスで100万円以上頂き、相当驚きました。課長さんも「こんなにボーナスを出す企業はなかなかないよ」と言っていたので、A社すごいんだなと思った覚えがあります。
この前、社会人3年目の源泉徴収票を見たのですが、結構な金額でした。
プログラミング言語
プログラミング言語(HDL含む)は主に以下を使っていました。
言語 | 用途 |
---|---|
C言語 | 検証・テスト・評価 |
アセンブリ言語 | 検証・テスト・評価 |
Verilog | デジタル回路設計 |
System Verilog | 検証(アサーション) |
Excelマクロ | 業務効率化 |
Python | 業務効率化(筆者のみ) |
検証・テスト・評価にはC言語やアセンブリ言語、回路設計には Verilog を使用していました。System Verilog については信号のふるまいが仕様通りか確認するためにアサーションの機能を使っていました。
ハードウェア記述言語(HDL)にはVerilogの他にVHDLがありますが、VHDLはほとんど使いませんでした。A社では読むのも書くのもVerilogです。例外としては他社から購入した回路記述がVHDLでした。
業務効率化には主にExcelマクロを使用しておりました。筆者はExcelマクロは使えなかったですが、誰かが作ったExcelマクロで作業を進めていました。あとはPythonを使える環境があったので、筆者だけファイル名の一斉変換などに Python を使っていました。
リモートワーク
A社ではテスト・評価する人を除いて基本リモートワークでした。出社することもできましたが、出社する人は40人中5人くらいでした。
世間的にはリモートワークはライフワークバランスに良いとされていますが、新卒の人間であった私にはきつい部分がありました。
よく言われることですが、部署内の人とのコミュニケーションが取りにくかったです。部長さんが対策として部署の人と雑談する機会を設けてくださったので、多少は話しかけやすかったですが、やはり対面のほうが相談しやすいです。
また、同じチームの人が何をしているのかわかりにくく、仕事がしにくいです。先輩の仕事を見て学ぶこともできないため、仕事を覚えるのに苦労しました。
あとは、気が抜けやすいです。オンライン会議では寝落ちしてしまいそうになりますし、単純作業ではどうしてもぼーっとしてしまいます。
それから、だれとも話さない時間が多くなるため、コミュ力もだいぶ下がります。筆者はただでさえ理系陰キャの人間でコミュ力が最下辺に近い人間なのに、さらにコミュ力が下がって会話が困難になるレベルになりました。
慣れてきたらリモートワークでもよいとは思いますが、入社したはじめは出勤して仕事するべきだなと思います。
転職理由
転職理由は以下が挙げられます。ネガティブな理由が多いです。
- 音響機器や音のサービスに関わりたかった
- 技術的な成長を感じにくかった
- 上司との不和
主な転職理由としては音を扱う仕事をしたかったからでした。A社に入社しましたが、音響機器メーカーなどにかなり未練がありました。
あとは技術的な成長を感じにくかったです。事務的な仕事が半分近くあるうえに、会社内の専門的な技術ばかり身につくため、一般的に役立つ技術が身についている気がしませんでした。また、自分の思い描くスキルの伸ばし方ができそうもないなとも感じました。
くわえて上司との不和です。ストレスが溜まりすぎて、一時期は適応障害やうつ病経験者のYoutubeばかり見ていました。会社のほうから自分をクビにしてくれないかなと思う時期もありました。
こんな感じで A社 で働くことに希望を見出せなかったので音響機器メーカーに転職しました。上司とはあれでしたが、配属部署には良い人も多かったので、結構罪悪感を感じました。
おわりに
本記事ではデジタル回路設計エンジニアであった筆者の2年半を振り返りました。
現在の会社でもいろいろありますが、自分の進みたい方向へと進んでいる気はしますので、しばらくは現在の会社に在籍すると思います。
また、転職理由でネガティブなことを書きましたが、A社に入社したことは後悔していないです。半導体の設計フローについて身をもって学べたのは貴重な機会でした。
ただ、転職して思ったのは新卒入社が貴重であることです。中途入社では条件が厳しい会社でも新卒では比較的楽に入社することができます。学生時代の就職活動はそこまで力をいれていなかったため、その貴重な機会を真剣に使わなかったのは後悔しています。大学生の自分に人生の貴重な機会だから、新卒の就職活動は真剣に取り組むべきだよと伝えたいです。
■変更履歴
・2024/12/08:文章の整理、アイキャッチの変更